藤井フミヤプロフィール

プロフィール・藤井郁弥藤井フミヤ(チェッカーズ時代は本名:藤井郁弥)
【生年月日】1962年7月11日
【血 液 型】A型
【学   歴】久留米市立南筑高等学校卒業
【職   歴】国鉄(現JR)勤務(お父さんも国鉄マンだった)
【出 身 地】福岡県久留米市
【担     当】リードボーカル
【あ だ 名】フミヤ、やっしゃん(弟の尚之がこう呼んでいたのでコアなファンはそう呼ぶ)

◆サックス担当の藤井尚之の実兄。
F-BLOODと言うユニットで活動することもある。
◆学生時代はまさかのヤンキー!
ヤンキー姿が載っている週刊誌持ってます(^_^;)
◆チェッカーズ時代に発表したソロシングルはMothe’s Touchの1曲のみ(1988年)
胃腸薬のCMソングとしてヒットしたが、テレビ出演などは一切無かった
(お腹を押さえてオールバックで立っている、ほんわかした郁弥を覚えています)
◆ドラマソロ出演
1988年意外とシングルガール(今井美樹を好きになるバーテンダー役)
1989年オイシーのが好き(ドラマ初主演松下由樹の元カレ役)
(このドラマ好きだったなぁ~。郁弥の役が重要な役で、最後は涙涙で終わりました・・・)
◆映画ソロ出演
1989年バカヤロー2幸せになりたい(第三話新しさについていけない)
クリクリパーマ頭で、電化製品の新しさについていけない新婚さん役
◆ラジオソロ
藤井郁弥のハートはジュークボックス(ニッポン放送)
(確か日曜の朝に放送していたけど、電波が悪くてあまり聞けませんでした)
◆CMソロ出演
胃腸薬・・・なんだったか忘れちゃった(^_^;)(CM曲:Mothe’s Touch)
トヨタ車スプリンターマリノ・・・お父さん役 (CM曲:BlueMoonStone)
(良く雑誌の裏に広告が載っていたのを切り抜いていました。確か郁弥氏はマリノを貰っていましたよ)
◆チェッカーズが売れた訳
7人の中でもイチバン小さな郁弥だったけど、その小ささが売れた理由でもあると本人が語っていたのを読んだことがあります。ミッキーマウスのような国民的アイドルだったから売れたのだろうと。そういうこともあったのかなぁ~?

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藤井郁弥と私

私が最初にファンになったのはやはり郁弥からでした。部屋に貼った郁弥のポスターに毎日ちゅーしていたほど(*´∀`*)部屋の壁一面がポスターだらけ。今だったら「イタイ」と言われてしまうことでしょうね。

郁弥のどこが好き?と聞かれると、「・・・・」答えられないのですが、ファンになったきっかけが今でもハッキリしていません。なのにここまで夢中になるなんて。

歌はうまいし、絵も上手、作詞もするしブルースハープも上手、女性にモテモテで、かっこいいけどエッチ。今で言うところの、福山雅治みたいなポジションだったのかな?なんて。悪いところが全然無いですよね、郁弥って。

【郁弥】と言う名前にも相当憧れました。当時は全く聞き慣れない名前でしたし、この漢字表記が特に好きです。解散してからは親しみやすくて覚えやすい【フミヤ】カタカナ表記になってしまいましたね。

2000年になって、フミヤと言う名前をお子さんにつける方もだいぶ増えたのではないでしょうか?私も中学生の頃は「自分の子供には郁弥と名付けよう」と思っていましたが、現実はそうではありませんでした(笑)だって、同級生にあったら「やっぱりね!」と言われてしまうのは間違いないですから。【私=チェッカーズ】と言うイメージはかなり強いらしい(ノ´∀`*)

フミヤ氏から受けた影響は数知れず、たくさんのことを学びました。チェッカーズの存在が学生時代の私のすべてでした。

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